【ジャニーズと日本社会・総集編②】2016年編──第11回から第15回まで
前編に続いて、総集編の後編です。第11回からは時代を大きく飛ばし、2016年のSMAP解散騒動を扱っています。
なぜ2016年なのか。公正取引委員会による注意も、性加害問題の噴出とジャニーズ事務所の解体も、さらにその後のフジテレビをめぐる問題も、私はこの年を起点として見ているからです。ちょうど10年前になります。
第11回:引き金は前年にあった
解散騒動の直接の引き金は、2016年ではなく2015年にありました。1月29日号の『週刊文春』に載った、メリー喜多川副社長への5時間のインタビューです。
この記事で『文春』が切り込んだのは、事務所内の派閥と後継者の問題でした。そして取材の場で何が起きたのか。当時60万部ほどだったこの雑誌を、誰が読み、誰が読んでいなかったのか。翌年の受け止め方は、そこで大きく分かれます。
あわせて、それまで私がジャニーズ事務所を意識的に避けていた理由についても書きました。
第12回:なぜスポーツ紙だったのか
2016年1月13日の未明、深夜3時と5時半に、スポーツ新聞2紙が相次いで「SMAP解散へ」と報じます。噂レベルの話ではなく、具体的な内容でした。
この回で考えたのは、なぜその話がスポーツ紙から出てきたのかということです。翌14日に発売された『週刊新潮』の記事と、日付の前後関係を並べてみます。週刊誌の校了と印刷のスケジュールを考えれば、逆算できることがあります。そして両者の中身を突き合わせると、スポーツ紙に載らなかったものが見えてきます。
スポーツ紙がしばしば果たしてきた役割を、私は情報の「洗浄装置」と呼びました。あわせて、この騒動の背後で取り沙汰された、ある大手芸能プロダクションの影についても書いています。
13〜14回:1月18日の夜と、その舞台裏
1月18日夜の『SMAP×SMAP』。濃紺のカーテンを背に5人が横一列に並び、ひとりずつ言葉を述べました。瞬間最高視聴率37.2%。のちに「公開処刑」と呼ばれることになる十数分です。
第13回では、まずその内容を細かく見ています。立ち位置の異様さ、草彅剛さんが口にした言葉、そして各局の報道がどういう論調だったか。私はこの日、番組開始の21分後に記事を出しました。なぜそんなに早く出せたのかも書いています。そこで打ち出した結論と、その記事に書いた「5年以内の体制変更」という予想についても。
第14回は、その舞台裏です。後年になって、ふたつの当事者証言が出てきました。放送作家・鈴木おさむさんの『20160118』と、藤島ジュリー景子さんの『ラストインタビュー』です。立場のまるで違う両者を突き合わせると、前夜の稽古場から未明の緊急招集、そして生放送1時間前に届いた1枚の紙まで、あの夜の時系列が立体化します。
誰が、いつ、何を決めたのか。ジュリー氏の証言に必要な留保も含めて検討しました。
第15回:一人称で書いた回
ここまで外側から見てきたものを、第15回では一人称で書いています。なぜ私はあのとき、あそこまで準備して踏み込んだのか。
私が芸能界の問題を考えるときの基準はひとつしかありません。作品です。その基準がどこで培われたのか、10代の頃に何を観て何を聴いていたのかまで含めて書きました。そして、2016年という年に自分を取り巻く状況がどう変わっていたのか。無謀に飛び込んだわけではなく、いくつかの読みがあったことも明かしています。
最後に、ジャニーズ事務所が読み違えたものについて。2016年のスマートフォン所有率と、当時のネットメディアの位置から考えました。
連載はこの後も続きます。よろしくお願いします。
すでに登録済みの方は こちら