【ジャニーズと日本社会:18】「韓国の少年隊」がいた頃──K-POPが始まる前

K-POPという言葉が生まれるずっと前から、日本のアイドルは韓国に届いていました。禁じられていたはずの海賊盤と、「韓国の少年隊」と呼ばれたグループの話です。
松谷創一郎 2026.08.31
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K-POP紀元前

 韓国で日本のポピュラー文化が正式に解禁されたのは、1998年10月でした。それまで日本の映画や音楽は、公の場で流通することが禁じられていました。ただし実態は異なります。海賊盤のテープやレコードは多く流入し、若者たちは親しんでいました。

 80年代に安全地帯やサザン・オールスターズが人気だったことはよく知られていますが、最近話題になっているのが近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」です。1981年9月30日に発売されたこの曲は、当時の韓国のローラースケート場で盛んに流れていたといいます。ソウルを中心に室内のローラースケート場が急増し、中高生や大学生の遊び場になっていた時期です。実際近藤本人が、1981年から85年ごろの話として語っています(『デイリー新潮』2026年7月11日)。

 禁止されていたはずの日本のアイドルソングが、まだ軍事政権下だった韓国で若者の日常を彩っていたわけです。

「韓国の少年隊」

 1987年4月20日、韓国でソバンチャ(消防車)という男性アイドルグループがデビューします。歌って踊る3人組で、韓国初のアイドルとも言われます。それは、韓国で民主化宣言が出る直前であり、翌年にソウルオリンピックを控えている時期でした。

 彼らが、当時日本で大人気だった少年隊の影響を受けていたことは明らかでした。3人組の編成をはじめ、衣装や髪型、アクロバティックな振り付けは、たしかに当時人気だった少年隊を模していたことは一目瞭然です。

 そんな彼らのデビュー曲「オジェパムイヤギ(昨夜の話)」は、もしかしたら日本ではじめてヒットしたK-POPだったかもしれません。なぜなら1996年、『ダウンタウンのごっつええ感じ』でダウンタウンをはじめとする出演者たちが、この曲を「オジャパメン」として韓国語で歌ったからです。当時大人気のバラエティ番組だったので、これは広く知られていました。

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