【Column】Mrs. GREEN APPLE「シンデレラ」の論点──問題はキャバ嬢ではない
物議を醸すMV
Mrs. GREEN APPLEの「シンデレラ」のミュージックビデオ(MV)が話題です。9月30日に発売されたアルバム『POPS』の収録曲で、MVは10月24日に公開されました。炎上というほどではありませんが、Xでは一部で批判が広がっています。その様子は以下のまとめなどでうかがえます。
私もMVを観て、歌詞も確認しました。そのうえで、これはなかなか興味深い題材だと思いました。素晴らしいということではありません。いくつもの論点がこのひとつの曲のなかに絡まっていて、しかもそれがうまく噛み合っていない。そこが興味深いのです。
男性が歌う女性の嫉妬
まず気づくのは、この曲がクロス・ジェンダード・パフォーマンスだということです。社会学者の中河伸俊さんは、これを「転身歌唱」と呼びました。1999年に刊行された北川純子編『鳴り響く〈性〉──日本のポピュラー音楽とジェンダー』(勁草書房)所収の論文「転身歌唱の近代」でのことです。当時、20代だった私はこの論文をとても面白く読みました。
クロス・ジェンダード・パフォーマンスとは、歌い手のジェンダーと、歌詞で歌われる人物のジェンダーが一致しない歌唱のことです。男性歌手が女性の気持ちを歌い、その逆に女性歌手が男性の気持ちを歌う。演歌で男性歌手が男を恋い焦がれる女心を歌ったり、女性歌手が「僕」の一人称で少年のような歌を歌ったりするケースですね。中河さんは、日本の流行歌ではあまりにありふれていて呼び名すらなかったこの現象が、比較文化的に見れば日本のポピュラー音楽の際立った特徴だと指摘していました。
Mrs. GREEN APPLEは現在、男性3人のバンドです。もともとは女性ひとりを含む5人組でしたが、2022年から3人で活動しています。そして「シンデレラ」は、作詞・作曲を手がけるボーカルの大森元貴さんが、女性の一人称で女性の心情を歌う曲。典型的な転身歌唱です。
転身歌唱では、歌い手と歌詞の登場人物のあいだに距離が生まれます。中河さんは社会学者アーヴィン・ゴフマンの理論・フレーム分析(結局まだ未邦訳)を援用して、歌う人の自己を「個人」「演者」「登場人物」の少なくとも三層に分けて捉えていました。男性の大森さんが女性の語り手を歌うと、聴き手はそれを大森さん本人の告白としてではなく、演じられた役柄として受け取るわけです。
つまりそこに距離ができるからこそ、嫉妬や劣等感といった生々しい感情も、どこか様式化されたものとして聴けるのでしょう。女性のリスナーは、自分の気持ちをそのままさらされることなく、そこに重ねられるわけです。
一方で、男性が書いて歌っていることそのものに違和感を覚える人もいます。Xでもそうした反応が見られましたが、それはこの距離をどう受け取るかの違いだと見ることができます。
歌詞が描く劣等感
では、歌詞ではなにが歌われているのか。
これ、要は女性の劣等感を歌った曲です。語り手は、自分が嘘つきで欲張りで弱虫で、いつも誰かを妬んでいると認めています。そして、愛される子、純粋な子、裕福な子と自分を比べて、どうせ敵わないと嘆きます(→歌詞)。
この歌詞は、いまの一部の若い女性たちの心性をよく捉えているのではないでしょうか。若者が心身の不調を抱える要因のひとつとして、SNSがもたらす劣等感が(欧米でも)ずっと指摘されています。Instagramに限りませんが、他人のキラキラした日常が次々と目に入ってきて、常に他者との比較にさらされているのです。
私も大学で教えていたころ、授業後のコメントでそうした声をよく目にしました。友達の投稿を見ると、自分はなんて地味なんだろうと落ち込む、といったもの。若い人たちにとってSNSは、それ以前とは比べものにならないほど大量の情報を浴びせるもので、若者はその処理に追われている状態でもあります。そのなかで憂鬱になってしまうのです。
最近は「フレネミー」(friend+enemy:友達のようでいて敵でもある相手)という言葉も流行っていますが、なんにせよマウントの取り合いを若い人たちはより気にするようになっています。
ちなみに、私が14年前に出した『ギャルと不思議ちゃん論』は、若い女性たちの差異化コミュニケーションを描いた本です。人より優位に立つだけでなく、いかに自分を他者と区別するか。その戦略の変遷を30年分たどった、なかなか厄介な本です。その観点から見ても、大森元貴さんはちゃんとツボを押さえていると感じます。
ただ、問題はここから。論点はふたつあります。
ひとつはタイトルにもなっているおとぎ話の『シンデレラ』のこと、もうひとつはMVで描かれるキャバ嬢のことです。
なぜ「シンデレラ」なのか
まず前者から。
『シンデレラ』は、継母と義姉たちに虐げられ、屋敷で下働きをさせられている若い女性・シンデレラの物語です。魔法でドレスとガラスの靴を手に入れて舞踏会に行き、王子に見初められる。夜12時を過ぎると魔法が解けてもとのみすぼらしい姿に戻ってしまうけれど、最後はガラスの靴を手がかりに王子に見つけてもらってお姫様になる──そんな話です。
