【Column】それは本当に伝統なのか──だんじりと土俵と「現状維持」

「伝統」とされるものの多くは、意外なほど新しいものです。だんじり祭の事故を入り口に、伝統と現状維持の違いを考えます。
松谷創一郎 2026.10.14
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危険なのに続く理由

 10月10日、泉佐野市と泉大津市の祭りで相次いでだんじりが横転し、男性2人が亡くなりました。交差点を曲がる際にバランスを崩して倒れる動画もSNSで出回っています。

 勢いをつけたまま交差点を曲がる「やりまわし」は、だんじり祭の見せ場とされています。ただ普通に考えて、縦に長く重心の高い木製の山車をあれだけの速度で振り回し、しかも屋根や側面に人が乗っているのですから危ないに決まっています。実際、横転事故はこれまでも何度も繰り返されてきました。

 それでも続いているのは、それが「伝統」であり「文化」だと受け止められているからでしょう。危険も含めて祭りなのだ、と。

 しかし、「やりまわし」は本当に伝統なのでしょうか──。

見せ場は戦後に定着

 だんじり祭そのものは江戸時代から続くものです。ただし、やりまわしはそれほど古いものではないそうです。行われるようになったのは昭和初期に道路が拡張されてからだとされています。さらに、見せ場として定着したのは戦後のことなのだとか。

 昭和30年代以降、山車を曳くコースが一方通行になり、周回するコースで角を曲がるやりまわしが祭りの中心になっていったそうです。そして全国に知られるようになったのは、テレビなどで注目されるようになった昭和の終わりごろからです(『歴史街道』2024年8月26日)。

 激しいやりまわしが可能になったのは、おそらく道路が舗装されたことも関係しているでしょう。でこぼこの土の道では、数トンの山車をあの速度で曲げることはできません。アスファルトの平らな道があって、はじめて成立するはずです。

 つまり、祭り自体は伝統文化でも、やりまわしは昭和以降に改変されてきました。にもかかわらず、あの危険な見せ場があたかも江戸時代から続いてきたかのように認識されている。そして、どんどん過激化して事故が起きているわけです。

夫婦同姓は130年あまり

 こうした「伝統」はだんじりにかぎりません。わかりやすいのが夫婦同姓制度です。

 法制審議会が選択的夫婦別姓の導入を答申したのは1996年。しかしそれから30年、制度は変わっていません。日本初の女性総理である高市早苗さんも選択的夫婦別姓には強く反対しており、政府・与党は同姓を維持したまま旧姓の通称使用を法律で認める方向で動いています。

 こうした議論では、しばしば「日本の伝統的な家族」が持ち出されます。しかし、それは歴史的にはかなり怪しい。江戸時代の庶民は公に苗字を名乗れませんでしたし、夫婦同姓が制度になったのは1898年の明治民法から。せいぜい130年程度の歴史しかありません。

 それでも人は、自分が生まれたときからあるものを「昔からずっとそうだった」と感じてしまいがちです。そこには、現状を変えたくない気持ちも働いているのだと思います。

 歴史家のエリック・ホブズボームとテレンス・レンジャーが編んだ『創られた伝統』(1983年)は、「伝統」とされるものが実は近代になって創られた文化や制度を分析した本です。タータンチェックのキルトを履いてバグパイプを吹くスコットランドの「伝統」も、実は近代の産物であることが描かれています。

 社会科学で「伝統」の文化とされるのは、だいたいは近代以前から続くものを指します。日本でいえば、1889年に大日本帝国憲法が発布され、本格的な近代化が進むのは1890年代から。ざっくりいえば、江戸時代までが伝統社会で、それ以降が近代社会です。伝統文化はかたちを変えながら近代以降も残り、合理性を重んじる近代とたびたびぶつかってきました。

 とはいえ、伝統を単に現代に合わせればいいかというと、そう単純でもありません。伝統には不条理や不合理なものがたくさん含まれていて、前近代の社会ではそれも含めて伝統だったからです。一方でそのままであれば、近代化が進んだ社会とはうまく噛み合わないのです。

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