【ジャニーズと日本社会:25】「写してもらいたくない」──1965年、週刊誌から消えた顔

少女雑誌に顔を出していたジャニー喜多川は、1965年の春、週刊誌の写真掲載を断っています。その記事は、彼をめぐる〝疑惑〟を報じた記事でもありました。
松谷創一郎 2026.10.19
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後ろ向きの写真

 当初、ジャニーズ(グループ)は名和太郎が代表を務める新芸能学院に所属していました。名和の妻とメリー喜多川が旧知の間柄だったことから、4人はこの学院でレッスンを受け、泊まりこむこともありました。

 しかし1964年6月、この学院でトラブルが起きます。学院の生徒が、ジャニー喜多川からわいせつな行為を受けたと訴えたのです。名和の日記では6月12日のこととされています(※1)。

 この訴えを受けて、いったんはジャニー喜多川が手を引くことで話がまとまります。ところが7月の父兄会では一転して名和が手を引くよう求められ、ジャニーズはメリー喜多川とともに渡辺プロダクションに移りました。

 このトラブルを最初に報じたのは、集英社の『週刊明星』1964年9月27日号でした。見出しは「ジャニーズはどうなる!? 告訴沙汰と関係者のいい分」。

 記事によれば、名和は7月29日付でジャニー喜多川に催告書(内容証明郵便)を送り、授業料や宿泊費、スタジオ使用料など約370万円の支払いを求めました。

 注目したいのは、この記事にはジャニー喜多川による性加害についていっさい出てこないことです。あくまでも金銭と移籍のトラブルとして書かれています。

 そして写真。名和夫妻とメリー喜多川は、顔のわかる写真が載っています。ところがジャニー喜多川は、テレビ局のスタジオで4人と話している背中しか写っていません。キャプションには「(後向き)」とあります。

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