【ポピュラー文化の余白:2026-10-23】増え続ける映画のショット数、日本版『ウ・ヨンウ』、ゲームのような映画『バイオハザード』

増え続けるショット数に映画の変化を見て、『南田南弁護士は天才肌』を韓国版『ドクターX』と比べ、ゾンビ映画に映画館の変化を思う──週に一度、ポピュラー文化の余白を覗く短評集です。
松谷創一郎 2026.10.23
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  • 今週のラインナップ

  • 『ブラッサム』──岩国を舞台にした朝ドラ

  • 映画のショット数は増え続けている──データで映画を見ること

  • 『俺のこと、なんか言ってた?』──世界から忘れられた大物俳優

  • 『南田南弁護士は天才肌』──オリジナル版に忠実なリメイク

  • 映画『バイオハザード』──ゲームのような映画

***

◇『ブラッサム』──岩国を舞台にした朝ドラ

 9月28日に始まったNHKの朝ドラ『ブラッサム』を観ています。NHK大阪の制作。前作『風、薫る』は早々に離脱してしまったのですが、今回は追っています。

 主人公の葉野珠(石橋静河)のモデルは、作家の宇野千代。宇野千代は1897年生まれで、1996年に98歳で亡くなっています。舞台の冒頭は20世紀初頭の山口県岩国。ドラマの冒頭に晩年の珠として加賀まりこさんが登場します。脚本は『マイホームヒーロー』などの櫻井剛さん。

 物語はいま、第一次世界大戦が始まった1914年あたりです。小説を書いていた珠は、女学校を出て代用教員になったものの、同僚の教員との恋仲が知れ渡って「ふしだら」を理由に解雇されてしまう。なんとも理不尽な展開。

(予告を貼り付けたら他サイトで観られない仕様でした↓)

 朝ドラは最初の1か月くらい観ないと判断がつきませんが、いまの段階で興味深いのはやはり岩国が舞台だというところです。今週で岩国編も終わるようですが。

 私は広島市西区の出身なので岩国はそこそこ近いのです。岩国から広島駅まではJRで50分ほど。完全に広島市の商圏で、仙台と福島市くらいの関係でしょうか。山の上に岩国城があり、その下に錦帯橋が架かる城下町です。中学や高校では、現地集合・現地解散の遠足で行く場所でした。

 岩国には米軍基地があり、広島市の東の呉市には海上自衛隊の拠点があります。広島は原爆を落とされるまでは軍都として栄え、その後は平和都市になりましたが、今もその周囲には軍事施設があるわけです。ドラマで描かれる岩国は、まだ米軍基地もない田舎ですけども。

 観ていて馴染みのあるのは方言です。少し九州寄りの表現もありますが、ほぼ広島弁。あのあたりはほぼ広島なのです。カープの2軍球場も岩国にあるくらいですから。

 NHK大阪の朝ドラはそれほど冒険しないので、順当で観やすい作品になるのではないでしょうか。宇野千代にあまり詳しくないので、それを知るという意味でも追っていくつもりです。ちなみに、来年春からの次作は、バカリズムさん脚本の『巡るスワン』。こっちは大変楽しみですねー。

◇映画のショット数は増え続けている──データで映画を見ること

 映画データの分析で知られるスティーヴン・フォローズの「How many shots are in the average movie today?(現在の映画の平均ショット数はどのくらいか)」というレポートを読みました。結果に意外性はありませんが、アプローチも含めて面白いものでした。

 ショットとは、編集のつなぎ目からつなぎ目までの連続した映像のことです。そのつなぎ目がカットなので、ショット数とカット数はほぼ同じです。同じ場面でも、カメラがAさんからBさんに切り替われば、そこでショットが変わる。カメラをどれだけ割るか、ということですね。

 レポートは、1930年から2025年までの8770本の長編映画を、AIでショットを検出して分析したものです。2017年以降の作品のショット数の中央値は1535で、1950年代のおよそ3倍。平均ショット長は、1950年代の約10秒から、2020年代には約4秒にまで短くなっています。ジャンル別では、アクションが1927ショットでもっとも多く、ドラマは1355。娯楽性が高くなるほどショットが多くなるのは想像どおりで、それを客観的に数値化したわけです。

 私が注目したのは、こうしたアプローチそのものです。映画研究を批評や美学の分野でやると、さまざまな方法はあるものの、客観性に乏しいところがあります。かつては映画からイデオロギーを読み取ったり、映画が社会をどう反映しているかを論じたりする、いわゆる社会反映論が主流でした。それに対して蓮實重彥さんは、映画の表層を見ることを重視した。それはいい反応も呼び起こしましたが、そうでない反応も呼び起こしたところがあります。

 データによる分析は、ある種無味無臭です。けれども、コンテンツをこうしてデータとして分析することは、実はとても大事だと思っています。そのうえで、何を描くかがより重要になってくるからです。

 これを日本映画でやったらどうなるだろう、とも思いました。たとえば相米慎二監督は長回しを特徴とする監督でした。大きなスクリーンで役者の演技を見てくれ、というタイプの監督は、あまりカットを割りません。画面に動きが少ないぶん、観客には強い集中力が求められる。そこには、暗闇のなかで映画に集中しろ、というイデオロギーがあったような印象を持っています。

 一方で予算の少ないインディペンデントの作品は、ショットを割るほどカメラを置き直したり、役者に同じ演技を繰り返させたりと手間と時間がかかるので、ショット数が少なくなりがちです。レポートでも、製作費500万ドル未満の作品は1分あたり9.9ショット、1億ドル以上の作品は18.0ショットと、ほぼ倍の差がありました。

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