【ジャニーズと日本社会:7】CDの浸透と「分衆」の時代、そしてジャニーズは低迷期へ
CDの普及、シングルヒットの多様化、ビデオデッキの拡大──80年代後半、音楽と映像のメディア環境は大きく変動していました。光GENJI絶頂のすぐあとに訪れたジャニーズの低迷は、この変化と分かちがたく結びついています。
松谷創一郎
2026.06.08
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1987年は、光GENJIがデビューした年です。この年は、日本の音楽産業の歴史にとっても大きな節目でした。CDの生産シェアがレコードを初めて上回ったからです。
日本レコード協会の統計にCDが登場するのは、1984年のこと。このときCDソフト生産金額は全体の5%ほどに過ぎませんでした。ところが、そこからわずか4年で、CDは市場を塗り替えてしまいます。1987年にはCDがレコードの生産額を超え、1988年にはさらにシェアを広げていきました。

筆者作成
この変化は、音楽産業全体にも大きな起爆剤となりました。80年代前半に停滞傾向にあった音楽産業は、1984年の年間ソフト生産金額が約2741億円だったのに対し、1988年には約3430億円まで伸びました。さらにここから右肩上がりは続き、ピークの1998年には約6075億円にまで拡大しました。80年代前半から90年代末にかけて、市場は倍以上になったわけです。