【Column】「イデオロギー代入装置」としての天皇制──皇室典範改正議論が映す保守とリベラルのねじれ
いま国会で、皇室典範の改正が大詰めを迎えています。改正案は衆議院を通過し、今国会で成立が濃厚な情勢です。
この改正案の柱は、大きくふたつあります。
ひとつは、女性皇族が結婚後も皇族でいられるようにすること。もうひとつは、皇族が養子をとれるようにすることです。とくに議論になっているのは後者のほうで、戦後に皇籍を離れた旧宮家の男系男子を迎え入れる案です。
この背景にあるのは、次世代の男性継承者が少なくなっていることです。次の天皇は今上天皇の甥っ子にあたる秋篠宮家の悠仁さんですが、それ以降はどうなるかわからないということで、危機感を持っているひとが多いわけです。
こうした議論は小泉政権下で20年ほど前にも生じていましたが、そのときに秋篠宮家に悠仁さんが誕生して立ち消えになったのでした。しかしここに来て高市政権が一気に改正を進めています。ただ、そこではあくまで皇族の数をどう保つかが目的とされていて、女性・女系天皇の議論は先送りされたままです。
以上が、いま起きていることの概要です。ただ、この一連の動きに、どうにも拭えない違和感をおぼえています。それは保守派、リベラル派の両方に対してです。
保守の伝統無視と戦前回帰
まず、いま「保守」と呼ばれている人たちは、必ずしも伝統を守ろうとはしていません。彼らが「伝統」としてよりどころにしているのは、明治から昭和前期にかけての、つまり近代前期の天皇像です。天皇機関説から天皇主権説へと移り変わっていったあの時期の天皇を、いわば神輿として担ぎ直そうとしている。わっしょい。
それは伝統回帰というより戦前回帰と呼ぶにふさわしい姿勢です。概して「伝統」と呼ばれる文化は、近代化以前から続く文化を指します。そうすると、女系天皇や女性天皇は歴史的にも存在しますので、まったくおかしいものではない。むしろ明治期以降の男系・男性天皇が典型的な「創られた伝統」であるのは、周知のとおりです。
いま浮上している旧宮家からの養子案にしても、これは保守派の憲法学者である百地章氏などが安倍政権のころからずっと唱えてきた「旧宮家の復帰」論に、いくらかアレンジを加えてトーンダウンさせたもの。
ただおもしろいのは、この養子案に対して筋金入りの右翼ほど怒っていることです。旧宮家とはいえ、民間からの養子などは伝統でもなんでもないからです。けれども、それをやらないと男系・男性で天皇を継承することがもう立ちゆかない。だからこそ、苦しまぎれにこの案が持ち出されているわけです。ガチ右翼なら「側室10人準備しろ!」と主張しますから。
おそらく高市さんには、日本会議など極右組織への忖度もあるのでしょう。ほかを後回しにしてまで典範改正に前のめりになるのは、こうした戦前回帰型の保守層の意向(票田)を強く気にかけているのだと思います。
そういえば、2019年の『NHKスペシャル 日本人と天皇』でこの問題が扱われたとき、保守系の元政治家・平沼赳夫さんが取材を受けていて、「もし悠仁様に女の子しか生まれなかったらどうするのか?」と訊かれた際、フリーズした挙句「信じながら待つしかない」って言い放ったんですよね。顔真っ赤にして。
あれは、人間が思考停止したときの姿を捉えた貴重な事故映像でしたが(笑)、あれを見て「こりゃヤバい」とお仲間たちが今回の養子案を強く推してきたのかもしれません。

『NHKスペシャル 日本人と天皇』より平沼赳夫さん(2019年4月30日)。
リベラルのねじれ
一方で、こうした保守の動きへの対抗言説として、リベラルの側からは女性天皇・女系天皇の容認を求める声が上がっています。ジェンダー平等の観点から継承のあり方を改めよ、という主張。
個人的に少々驚いているのは、こうした主張をする人たちが天皇制そのものにはほとんど反対していない点です。天皇制を所与のものとして受け入れたうえで、そこにリベラルな価値を組み込もうとしています。これが変ですよね~。