【ジャニーズと日本社会:1】『金八先生』とTBS「桜中学シリーズ」の1980年代前半
私が小学校に入学したのは、1981年4月のことです。そして中学を卒業したのが1990年3月。義務教育期間がまるまる1980年代でした。それは、ジャニーズ事務所のタレントがどんどん人気を高めていった時期とも重なります。
実際、物心がつくのとほぼ同時に、たのきんトリオを横目で見ていました。田原俊彦さん、近藤真彦さん、野村義男さんがバラエティ番組や音楽番組に出ていたのを、なんとなく覚えています。日曜の昼に、ホールで公開収録をしていた『たのきん全力投球!』を観ていたのをぼんやり覚えています。
とは言え当時の私自身は、芸能界に強い興味があったわけではありません。それでも目に入ってきて記憶していることが、当時のジャニーズ事務所の存在感を物語っているように思います。
ジャニーズ事務所をめぐる議論は、いま性加害問題を中心に展開されています。けれども、戦後の日本社会のなかで同事務所がどのように肥大化し、どのような構造のなかで芸能界に君臨してきたのかを振り返る作業は、まだ十分とは言えません。
本連載では、私自身の世代的な記憶もたどりつつ、ジャニーズ事務所と日本社会の関係を時代を追いながら考えていきたいと思います。第1回は、私の小学校時代にあたる1980年代前半です。
出発点は『金八先生』
1979年10月、TBSの『3年B組金八先生』の第1シリーズが始まりました。武田鉄矢さん演じる坂本金八が桜中学校に赴任し、3年B組の生徒たちと向き合っていく姿を描いた作品です。
この作品には、たのきんトリオの3人が出演していました。沢村正治役の田原俊彦さん、星野清役の近藤真彦さん、梶浦裕二役の野村義男さんです。1981年か1982年頃、土曜日の昼1時から広島では再放送が組まれており、私は学校から急いで帰って観ていた記憶があります(これと同じ時間帯だったか、テレビで観ていたコメディアンの三波伸介さんが急死して驚いたことも覚えています)。
また、この第1シリーズには後にジャニーズ事務所の社長となる藤島ジュリー景子さんも生徒役として出演しています。当時ジュリーさんは中学1年生の13歳でした。