【ジャニーズと日本社会:2】1987年・光GENJIとアイドル冬の時代

1987年、ローラースケートをはいて現れた光GENJI。彼らの人気と、おニャン子クラブの登場・解散やバンドブームが招いた「アイドル冬の時代」とはなんだったのか。
松谷創一郎 2026.05.04
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 私が小学校4年生に上がるとき、家からテレビが消えました。親が「教育上よくない」と判断して、なくしたのです。1984年4月から1987年3月まで、小学4年生から6年生までの3年間、私の家にはテレビがありませんでした。

 この空白の3年間のため、1984年から86年までのテレビ文化についてリアルタイムの記憶があまりありません。それでもなんとか学校の友だちの話題についていこうと、テレビ音声が入るラジカセでテレビの音だけを一生懸命に聞いていました。そのため80年代のテレビ番組について触れる仕事では、DVDをレンタルするなどして調べる作業をいまでも必要とします。

 しかし、その後テレビが復活します。中学に入った1987年の春でした。その年、ちょうど登場したのが光GENJIでした。

ローラースケートの7人組

 光GENJIは1987年8月にデビューします。諸星和己、大沢樹生、内海光司、佐藤寛之、山本淳一、そしてまだ中学2年生だった赤坂晃と佐藤敦啓の7人組です。

 サテンの衣装を着てローラースケートで滑り、しかもバク転などもする演出で、「STAR LIGHT」「ガラスの十代」「パラダイス銀河」と立て続けに光GENJIはヒット曲を放っていきます。1988年のレコード大賞も受賞しました。自分たちと近い年齢の中学生メンバーがいることもあって、周りの同級生の女子たちがきゃーきゃーと騒いでいたのを覚えています。

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