【ジャニーズと日本社会:9】サテン衣装の光GENJIから、ストリートスタイルのSMAPへ
サテンの衣装、大きな身振り、サビの合唱──ジャニー喜多川が描いた「ジャニーズの保守本流」は、まさに80年代のジャニーズそのものだった。その保守本流から外れたからこそSMAPは大ブレイクする。
松谷創一郎
2026.06.22
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前回は、『Mステ』がジャニーズの命を繋いだ番組だったことをお話ししました。けれども、光GENJIの人気そのものは長続きしませんでした。今回は、その光GENJIに象徴される「ジャニー喜多川の様式」と、そこから抜け出していくSMAPについて考えてみます。
ジャニー喜多川は舞台の人
ジャニー喜多川は、根本的に舞台(ステージ)の人でした。少年期を戦後のアメリカで過ごし、ミュージカル『ウエスト・サイド物語』に強い衝撃を受けた経験が、その出発点にあったとされます。舞台は、客席のいちばん遠くにいる人にも届けなければなりません。だから動きは大きく、衣装は華やかになります。サテンの光る衣装、大ぶりの身振り手振り、ミュージカルのようなダンス──光GENJIがローラースケートをはいてサテンをまとっていたのは、この発想の延長線上にありました。