【ジャニーズと日本社会:16】なぜアメリカに芸能プロダクションはないのか──1962年、日米で起きたこと
2日後に書いたこと
2016年1月18日の『SMAP×SMAP』から2日後の1月20日に、私は「テレビで『公開処刑』を起こさないための“JYJ法”」という記事を書きました。韓国で前年に成立した放送法改正を紹介したものです。
なぜ、あのタイミングで韓国だったのか。
何らかの問題を考えるとき、比較する対象は大きく分けて2つあります。ひとつは過去、もうひとつは「外」です。要は、時間軸と空間軸。過去と比べれば、それが古いのか新しいのかがわかる。外と比べれば、それが特殊なのか一般的なのかがわかります。
今回から5回にわたって書くのは、この後者です。「外」とジャニーズ事務所の比較です。この場合の「外」とは海外で、具体的には韓国です。
ただし、今回はその前提の話になります。なぜ韓国なのか。逆に言えば、なぜアメリカではないのか、という話です。
アメリカは比較にならない
日本ではショービジネスを語るとき、長らくアメリカが比較対象とされてきました。ハリウッドやブロードウェイなどです。とはいえ、それはライバルとしてではなく、羨望の視線を送る理想としてでした。
芸能界を論じるとき、比較対象としてアメリカを出したくはなります。しかしこれは、あまり機能しません。芸能界の構造そのものが違い、かつ産業規模も大きく異なるからです。
まずアメリカには、日本の芸能プロダクションに相当する存在がありません。中心にあるのはエージェンシー(エージェント会社)です。エージェントは仕事を取ってきて条件を交渉します。育成やキャリア形成は、タレントが雇うマネージャーや、音楽であれば契約先のレコード会社が担います。
この2つの機能は、法的にも慣行的にも分けられています。カリフォルニア州のタレント・エージェンシー法では、仕事をあっせんするには州の免許が必要で、免許を持つ事業者には規制がかかります。
なぜ分けるのかといえば、ひとつの会社が仕事のあっせんとプロダクションの立場を兼ねれば、タレントを搾取するリスクが高まるからです。タレントを抱えて仕事を出し、収益を配分する日本型の芸能プロダクションは、アメリカの制度設計からすれば利益相反と認識されます。
たとえば、自社が製作する番組に自社のタレントを起用すれば、出演料の交渉相手は自分自身になります。安く使うことも、高く請求することもできる。どちらもタレントの利益とは一致しません。あるいはドラマ等で複数の所属タレントがひとつの役を争ったとき、どちらを推すかは会社が決めます。会社にとって都合のいいほうが優先されれば、タレントは自分の代理人によって機会を潰されることになります。