【Column】アイドルの〈主体性〉──反転するまなざし

「彼⼥たちは完成されすぎていて気持ちが悪い」──K-POPに対するアイドルファンの⼀⾔から考えます。⼀⽅で、かつて主体性がないとされた⽇本のアイドルが、いまや未熟だからこそ主体性を宿すと⾒なされる。その反転は何を映しているのでしょうか。
松谷創一郎 2026.07.08
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「完成されすぎて気持ちが悪い」

 もう10年ほど前のこと。AKB48のファンである中年男性が、K-POPのアイドルたちについてこう漏らしていたのを目撃しました。

「K-POPのアイドルは、完成されすぎていて気持ちが悪い」

 完璧なパフォーマンスを否定し、未完成な日本のアイドルを愛好する。この感覚の違いは、単なる嗜好の問題なのでしょうか。私はそこにこの20年ほどでゆっくりと変わってきた日本社会の反映を感じたのです。

完璧か、未熟か

 まず、いまのアイドル文化に併存するふたつの価値観を並べてみます。

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