【Column】アイドルの〈主体性〉──反転するまなざし

「彼⼥たちは完成されすぎていて気持ちが悪い」──K-POPに対するアイドルファンの⼀⾔から考えます。⼀⽅で、かつて主体性がないとされた⽇本のアイドルが、いまや未熟だからこそ主体性を宿すと⾒なされる。その反転は何を映しているのでしょうか。
松谷創一郎 2026.07.08
読者限定

「完成されすぎて気持ちが悪い」

 もう10年ほど前のこと。AKB48のファンである中年男性が、K-POPのアイドルたちについてこう漏らしていたのを目撃しました。

「K-POPのアイドルは、完成されすぎていて気持ちが悪い」

 完璧なパフォーマンスを否定し、未完成な日本のアイドルを愛好する。この感覚の違いは、単なる嗜好の問題なのでしょうか。私はそこにこの20年ほどでゆっくりと変わってきた日本社会の反映を感じたのです。

完璧か、未熟か

 まず、いまのアイドル文化に併存するふたつの価値観を並べてみます。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、2561文字あります。

すでに登録された方はこちら

読者限定
【Column】J-POPは演歌になったのか──第二次ベビーブーム世代...
サポートメンバー限定
【ジャニーズと日本社会:14】1月18日、ふたつの証言──鈴木おさむと...
読者限定
【ポピュラー文化の余白:2026-07-24】A24とYouTube発...
読者限定
【Column】「事実」では届かない──「真偽」から「信疑」へと動いた...
サポートメンバー限定
【増補】〈オタク〉問題の四半世紀──〈オタク〉はどのように〈問題視〉さ...
サポートメンバー限定
【ジャニーズと日本社会:13】2016年1月18日『SMAP×SMAP...
読者限定
【ポピュラー文化の余白:2026-07-17】のん(能年玲奈)の地上波...
読者限定
【Column】「イデオロギー代入装置」としての天皇制──皇室典範改正...